【不登校】学校は命をかけて行く場所か?

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学校へ行く、いかないにかかわらず、わざわざ辛い想いをしなくてもいいんじゃないか。

不登校で長年苦しんだって、誰にも迷惑かけたわけでも無いはず。日常生活を楽しんでももいいはず。ずっと悩んでも辛いだけです。解消はありません。むしろ行けないのは普通だ割り切っていいと思います。不登校をおすすめしているわけではありませんが、なっちゃったものは、仕方が無いので、楽しむのもアリかと思います。

義務教育で学校にいかないと、不登校しか選べないの今の日本の制度です。

しかし、今はネットがあるから、不登校でも大丈夫な情報を集めることができるのはありがたいですね。

しかし、学校へ行ける様になる事がゴールと考える情報も氾濫してますので、無作為に選ばないで見ると、また、辛い選択をしてしまうかもしれないので要注意かと思います。全寮制なら治るんじゃ無いかとか思ってやってみるのもいいですが、うちは変化なしでした。

小中高と不登校でも、大学は大丈夫な不思議

クラスは30〜40人ぐらいの集団で、ほぼ一年間は固定化されて過ごすというのが一般的だと思います。メンバーが固定化されるので馴染みやすいです。一方いじめやすく、いじめられやすい状況も固定化してしまいます。クラスごとに違う空気感が生まれます。閉鎖的な空間なので変化しにくい。友達関係、上下関係、好き嫌いも深まります。授業は同じ教科書で教えるのでメンバーを固定化する必要はありません。

大学ではクラスは、ほぼなく、単位ごとに授業を受けますね。大人数だし、メンバーも固定化せずに流動的。その辺が学校に通いやすいという違いなのかもしれませんね。

小学校低学年で大学の様に大勢で授業を受けると、騒がれると管理がしづらいのかもしれませんが、ゆるい感じがいいのかなあと感じます。

義務教育現場 何かがおかしいはず。

学校しか学びの場所がなく、平均的な学力の底上げが必要な時代には、今の様な義務教育は必要だったのでしょう。

現代はインターネット、塾、通信教育など充実してきていますし、社会的にも平均的な人材より個性的な人材が求められる時代になってきていると感じます。

そんな中で、従来の「みんな同じ」という考え方で教育すると、実は「みんな違う」ので息苦しくなるのかもしれませんね。

学校は「命をかけて行く場所」か?

子供の数が減っているのに、不登校は増えています。

先進7ヶ国の中で日本だけが、子供の事故死より自殺が上回っているそうです。

なぜ日本の学校はそんなに辛いのでしょうか?学校が好きな人、普通な人、学校に耐えられて先生になった人には、わかりにくい問題かもしれません。また学校以外の社会を知らずに先生になった人にも理解が難しい問題かもしれません。

義務教育の制度改善・修復が必要な時期にきているかと感じます。

学校に執着せず「学校にいかない」という選択は、自分を守る意味では正解だと思います。自分だけじゃ無い、普通に大人になれるから大丈夫、とか言ってくれる人、近くにいますか。

私は親として、いろいろ情報集めたり、調べていくうちに、ビビってしまって「大丈夫だから」と言ってあげたいと思う様になりました。

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