「共依存かもしれない」あなたへ

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共依存ってなあに

共依存っていう聞きなれない言葉かもしれませんね。

読んで字のごとく「依存しあう」ということなんですが、意味わかんないですよね。

「自分の人生を他人に明け渡す」ということ

自分で決められない難しい問題は、誰かに相談するってよくありますね。でも最後は自分で考えて自分の意見で決めます。ところが「共依存」になると、「相談者を盲信」して自分で考えないんですね。まず、これがひとつの依存ですね。

自分で考えないで物事が解決されていくとうのは楽ですよ。これが習慣になっていくと、自分で考えなくなるんですね。

さて共依存というからには、もう一つ反対側の「依存」があるんですが、それは、相談される側の優越感が心地よいとか「頼りにされたい」とう「依存」なんです。

「頼れてありがたい」、「頼られて嬉しい」までが自立した大人の関係ですね。ところが「頼りきって自分の意見を持たない」「頼られて解決するのは私の役目みたいな感覚」までいってしまうと、お互い離れられなくなってしまいます。

特に頼る側が、精神的に自立できない病的依存関係(共依存)に陥ってしまいます。

共依存かも。「自分の人生を取り戻すには」

共依存は、病的な依存を無意識に持続させる人間関係のことを説明するのによく使われます。

「うつ」や「薬物依存」を長引かせる原因の一つと言われていますね。

①気づくこと。誰かを盲信していないかですね。

その相手と距離を置くこと。物理的に少し離れると、精神的にも少しづつ離れていきます。その時に相手から執拗に抵抗(連絡)があります。共依存ですから。ここが踏ん張りどころです。

他の問題はあとまわしにする。共依存の特徴の一部として、他の依存を併せて持っている場合があります。子ども依存、ギャンブル依存、アルコール依存、買い物依存等々。ひとつづつでいいでいいので順番に取り組みましょう。ただし、緊急な場合は別ですよ。

専門の機関・自助グループと繋がる。そして知識と仲間を見つける。

一人人で回復するのは困難です。研修会やセミナーは、はっきりいって高額なので、いきなりいくことは無いし、必要がなければ行かなくてもいいと思います。教会をかりて無料で行っている団体が多くあります。家族会や当事者の会という形の自助グループとして開催してるケースが多いです。お寺の座談会的なものも内容が合えば、いいかもしれません。

まずは、「気づき」ですね。

すぐには、治りません。数年かかるかもしれません。

楽ではないですが、大丈夫です。

「自分の人生を自分の足で歩みたい」という気持ちに「気づけた」のだから大丈夫です。

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