学校の勉強って無駄じゃないんですか

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なんで勉強せなあかんの?

学校の勉強って役に立つの?

学校の勉強って役に立つの?って、子どもに聞かれた事ありませんか。ぼくも子どもの頃、何度も思ったことありました。覚えているのは、小学生のころ、算数の食塩水が出てくる問題で解かんないとき、中学では、中間・期末のテスト前で時間に余裕のないときに、特に思いました。

高校でも、やっぱりで、微分・積分ってなに?、化学の記号、物理の公式なんかは、無駄じゃないの?って思ってました。結局、その頃には、答えは見つからずで「無駄だろうけど、仕方ないなあ」って感じでしたね。

ほぼ、役にたたないのも本当

専門職の仕事に就かない限り、ほとんど不要なものばかり、というのも事実ですね。だから普通科の高校を卒業してから専門学校へ行くなんて事があるんでしょう。となると、普通科の高校は、存在意義がわからない。大学へ行かないと決めてる人には、いらない気がします。

これからは中学卒業したら、社会へでるか、専門学校というふうになってくるかもしれない。もしかしたら、中卒後5年通う高等専門学校系が流行ってくるのかもしれないですね。高校と専門学校のハイブリッド感があります。

「いい学校」・「学ぶといいこと」

まだまだ、勉強して、いい学校、いい大学、いい会社へ入って人生安泰っていう神話が根強い風潮がありますね。お受験対策の塾や予備校が人気ですね。いろんな専門職に付くには資格が必要ですから勉強は必要だと思いますが。一流を目指す人の気持ちというのは、どんな感じなんでしょうか。

劣等感を何とかしたい

劣等感の克服の手段。優越感に浸るため。一流レベル感を得る。という事かもしれません。難関資格を目指すというのもその傾向があるのかもしれませんね。

ちょっと不思議なんですが、新聞で東大卒でも劣等感をお持ちの方の記事をみましたよ。私のような凡人には、「その気持ちは、なんなんだ」と思わざるを得ません。恐るべし「劣等感の根の深さ」といったところでしょうか。

私事ですが、難関資格を目指した事があったんですが、200点満点中40点台という成績でお話しにならなかったんですね。これから何年かかっても目指すのか考えたんです。いつか合格したとして、「その時どんな気持ちか」考えたんですね。

そしたら、自分の答えは「その仕事好きじゃないかも。難しそうだし、やりたくないじゃん。」だったんです。つまり「合格する事だけ」が目的だったんですね。優越感を獲得したかったんですね。なので、アホらしくなって目指すのやめてしまいした。やりたくない仕事は苦痛ですからね・・・気付いてよかった。めでたし、めでたし。

「学ぶといいこと」ってなあに

小・中学校は義務教育。つまりは学ぶ基礎(土台)をつくるということ。学校の始まりって寺子屋だったんですよね。学ぶ内容は、読み、書き、そろばん。その頃は、それで十分だったんですね。現代は、嫌になるほど、たくさん学びます。そこで学ぶ意味ってなんだろうって考えてみました。

知っているか・知らないかで大違い

歴史の上での失敗や、出来事をしっていると、同じ間違いを避けることが出来きますね。専門技術なんかは応用できます。昔からの知恵も使えるので教えてもらえると便利ですね。

自分で調べるときなんかは、少しでも知っていると、わからないところがあっても調べやすいです。ぜんぜん知らないと、まず何から調べるのかも、わからないし、とっても時間がかかってしまいます。

解っているか・解っていないか。

今、わかっていると、次どうするか予想できます。解っていないと、まったく動けないです。

出来るか・できないかは、やってみないとわからない。

あることは、練習したら出来るようになるかもしれないですが、いくら練習しても、出来るようにならないかもしれないってこともあります。本で学んだことも、実際、自分で実験するとわかりやすいですもんね。

得意か・苦手か。好きか・嫌いか。

何かを、何度かやってみると、自分が向いているか、向いていないかが、少しはわかてきます。それから、好きか、嫌いかもわかってきます。大人になって、自分の仕事を選ぶときにも参考になりますね。

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仕事に必要なことは仕事場で学ぶのがいい

仕事で必要なこと、専門的なことは、やっぱり実践が一番です。学校で習った基本は、実践では、ほとんど、そのままでは役に立たない。「教科書と現場は何もかもが違う」ということを実感した方も多いのではないでしょうか。実際の現場が、最高の学習なんでね。

私も、社会に出て働き始めた途端、「学校でもっと深く濃く勉強してたらよかったわ」なんて思いました。

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まとめ

自分が小・中学生のときに感じた疑問「なんで勉強せなあかんの?」「学校の勉強って無駄が多いんじゃない?」ってことを今頃になって、やっと自分にとっての答らしきものが、出たような感じがします。

昔の人は、社会の発展のために、まずは、学校という制度と場所ををつくりました。そこでは、基本的な国語や算数のほか、戦争など、過去のあやまちを繰り返さないために歴史を学びます。それから、人々が一生かけた研究の成果を一瞬で学びます。いくつも学べる場所が学校なんですね。実は、学校って、見方によっては、お得感いっぱいなんですね。

そこで、子ども達は、集団で生きること、みんなで協力して出来ること、一人で出来ること、友達や仲間づくりを学びます。運動会、音楽会、臨海学校、社会見学、郊外学習とかイベントで思い出も作れます。マラソン大会なんて嫌なのもあったけど。

確かに、学校の勉強は「無駄」と感じるものが多いと思います。なので「無駄」と感じたものは、それは自分にとっては「余裕」(勉強してもいいけど、無理してしなくてもいいもの)と考えてみると、「無駄」という気持ちに、イライラしないで済むのかもしれませんね。

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余談ですが、社会へ出てからは、学校がないので自分で学ぶしかありません。いるもの、いらないもの、本物、にせ物、まがい物とかを見分ける力が必要です。そんな『「知恵」と「勇気」と「考える力」を育てる学校』があってもいいんじゃないかなって思います。

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