不登校は社会の病気かもしれない

スポンサーリンク

52849863_480x358

不登校って、叱っても変わらない・・・・

子どもが不登校だ、と大騒ぎしてみても、叱ってみても変わらない。なぜなら、子どもは、親の言葉を聞いていないからだ。子どもは親の行動を見てるということ。例えば、親がずうっと家に入るとしよう。学校に行くのが馬鹿らしくなってくるのは当然かもしれない。家にいたっていいんだ。楽チンだ、とインプットされてしまえば、当然不登校のその状況はいつまでも続く。というわけ。

不登校が必ずしも悪いことという考えではありません。元不登校経験者で社会人として深みがでて活躍してるひとも大勢いる。小栗旬、マツコデラックスなど。また、ノーベル賞受賞者の70%は不登校というデータまであるくらいだから。

39271678_480x480

学校の魅力ってなんだろう

登校がなぜ続かないか。続かないものの代表として、例えば、ダイエット、そもそもダイエットに成功しないのは「根性」が足りないのではなく、「ご褒美」がたりないのだ。と考える人がいる。なぜなら、ダイエットに成功したら5億円あげるといわれたら、ダイエットに失敗する人の方がすくないのではないか?という話だから。

これを不登校に置き換えると、つまり学校に魅力がない、もしくは、魅力がわかんないということ。学校にいく意味・目的が解んないといったところかもしれない。戦後70年ほとんど制度改正されずに来た学校教育制度。そろそろメンテナンスの時なのかな。

8

資格所得で勉強が必要な場合がある。医師、薬剤師、看護師、調理師、教師、技術関係者などは、専門知識がないとお仕事にならないので、学校で習うような勉強は土台として必要だと思う。しかし、多くのサラリーマン、営業職、サービス業などはどうだろう。漫画家、作家、芸能関係のような仕事はどうだろう。たしかに職業選択の幅は狭まるが、学校教育がどの程度必要なのかって、わかんない。実際は、ほとんどいらないんじゃないのってさえ思う。それなら、もっと早く実践的な経験を積んだ方がいいんじゃないの?ってさえ思える。

仕事の魅力ってなんだろう

関西にキッザニアっていう民間の職業体験施設がありますよね。小学校からも1回、社会見学でいくんですね。一回だけというのがもったいないなあと思うんだけど。遠足じゃないんだから、もっと社会の授業として行けばいいのに。自分の未来を育む授業。未来に繋がるような感覚が楽しめる場所ですね。

また、マイナーかもしれないけど、漫画家、映画俳優なんか。実際に体験できなくても、体験する方法を知るとか。練習の仕方を教わるとか。「きっかけ」があればチャンスなんだろうと思う。本来、子どもは、好奇心の塊なんだからさ。地理や歴史も結構だけど、どう役立つのって解んない。意味がわかんないから魅力がないよねって思うんだね。逆に、公民とか政治の仕組みのことだから、大事だと思うけど、中学校で一年くらい少しやるだけだったもんね。ほとんど授業ないもんね。その辺も不思議。

ところで未だに、塾ブームが熱いのとか、不思議なんだ。不登校は「まずい」とか「悪だ」という社会的な常識感覚を加速している感じがしますね。落ちこぼれは、いくつになってもおちこぼれって思っている方が馬鹿なんじゃない?って思います。勉強したい人はどんどん勉強できる環境なんで、そんな人にはいいのだろうけど、バランス悪くないですか?

まとめ

どんな仕事も楽な仕事はないのだから、自分で楽しめる分野。やりたい分野を見つけやすい教育システムや、仕組みづくりが出来ないものかなあと思います。 多分、日本以外のどこかの国にありそうなんだけどなあ?

今回はこの辺で。また追記させて頂くかもしれませんが・・。最後までよっさんの独り言をお読みいただいてありがとうございました。

スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です